大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)6408号 判決

原告 全逓信労働組合

被告 佐藤幸作 外六名

主文

1  原告に対し、

被告佐藤幸作は一三、四三八円とこれに対する昭和四三年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

被告三品竹雄は七四、七六八円とこれに対する昭和四三年六月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

被告及川潔は四〇、三五二円とこれに対する昭和四三年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

被告浅井百合子は一一、五二〇円とこれに対する昭和四三年六月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

被告宮本保彦は五一、三八〇円とこれに対する昭和四三年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用中、原告と被告山本位士待、同宮川善信との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告佐藤幸作との間に生じた分はこれを六分し、その一を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と被告浅井百合子との間に生じた分はこれを八分し、その一を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と右被告らを除くその余の被告らとの間に生じた分は同被告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

「1 原告に対し、別紙目録(一)記載の各被告は、各被告名下の同目録請求額欄記載の金員およびこれに対する同目録請求日欄記載の日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

「1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

(一)  1 原告は、郵政労働者の労働条件の維持改善ならびに相互扶助等を主たる目的として組織された労働組合である。

2 被告らは、いずれも郵政職員であり、もと原告の組合員であつたが、被告宮川善信を除くその余の被告らはそれぞれ別紙目録(一)請求日欄記載の日の前日原告から脱退し、被告宮川善信は昭和三六年七月一七日原告から除名されたものである。

(二)  1 被告らは、原告の組合員であつた間、原告の機関決定に基づく組合活動を理由として、郵政当局から別紙目録(二)事由欄記載の期の昇給を延伸された。

2 そこで、原告は、その規約五八条をうけた犠牲者救済規定(以下単に規定という。)およびその施行細則(以下単に細則という。)の定めるところにより、右昇給延伸に対する補償金として別紙目録(二)記載の支給年月日に同記載の支給額に相当する補償金を支給した。(右規約、規定、細則中の関係条文は別紙目録(三)記載のとおりである。)

(三)  しかしながら、被告らは、次の理由により、右支給をうけた補償金のうち原告の求める裁判欄記載の額の金員を返戻しなければならない。

1 (1) 規約五八条に基づく原告の犠牲者救済制度は、原告組合員が機関決定に基づく組合活動を遂行中組合活動に起因して犠牲(損失)を蒙つた場合にその損失を可及的に填補し、よつて原告の労働組合としての団結の維持ならびに強化をはかり、もつて原告の目的である組合員の労働条件の維持改善、社会的地位の向上等を達成しようとするにある。

労働組合として組合員の蒙るかかる犠牲に対してどの程度の範囲および方法で救済するかは、当該労働組合のおかれた歴史的状況ないし財政力等の諸条件に依存するわけであるが、もつぱら当該労働組合の自主的な機関決定に委ねられているものである。

(2) ところで、昭和三六年七月二〇日改訂前の規定および右の改訂から昭和三九年一〇月三一日改訂までの規定は、別紙目録(三)記載のとおりいずれもその八条二項において、「……その事由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により」補償金の支給を行なう旨定め、補償をうける者の組合員資格を当然の前提としている。

したがつて、細則一五条が損失補償の方法として損失が現実化した時点でその都度補償する方法を採用すれば、その者が原告の組合員としてとどまつている間その都度補償するということであり、将来の一定期間に発生すべき損失分をも一括前渡して支給する方法を採用すれば、その者が原告の組合員たる資格を失う限りその後の相当分は原告に返戻しなければならないということである。

(3) そして、原告は、当該組合員が昇給延伸後六〇歳まで郵政職員として在職し、その間引き続き昇給延伸による金銭上の損失を蒙るものと仮定し、その間の年数(六〇歳から補償金支給期該当月の年令を差引いたもの)を基礎として補償金を算出(ただし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除)し一括前渡しする方法をとつている。

被告らに対する本件補償金の支給も右の方法によつてなされた。

(4) したがつて、右の方法で補償を受けた組合員が原告組合を脱退し、もしくは除名され組合員たる資格を失つた場合、後記細則の返戻規定の有無にかかわらず、補償金中組合員たる資格喪失後の相当分は原告に当然に返戻しなければならない。

2 しかも、別紙目録(三)記載のとおり昭和三六年七月二〇日から改訂施行された細則一五条には、補償金の支給をうけた者が脱退・除名等により組合員たる資格を失つた場合は、その割合に応じた金額を原告に返戻すべき旨明定された。

これは、右1に述べた規定八条二号の解釈を注意的に確認したものである。

3 (1) 被告らに対する返戻請求金額は、昭和三六年七月二〇日改訂の細則一五条により、支給の計算基礎となつた年数(六〇歳から補償金支給期該当月の年令を差引いたもの。以下支給基礎年数という。)をもつて、これから組合在籍年数(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数を除して得た数値(これを返戻割合という。)を、支給補償金額に乗じて得た金額である。

(2) 各被告につき右年令・年数・返戻割合を示すと、別紙目録(四)記載のようになる。

4 右の計算方法によつて計算すると、原告に対し、各被告の返戻すべき補償金は、別紙目録(一)請求額欄記載の金額となる。

(四)  よつて、原告は、各被告に対し、別紙目録(一)請求額欄記載の金員とこれに対する各被告が原告を脱退もしくは除名された日の後である別紙目録(一)請求日欄記載の日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告らの答弁

(一)  請求の原因(一)について

1、2とも認める。

(二)  請求の原因(二)について

1、2とも認める。

(三)  請求の原因(三)について

冒頭は争う。

1について

(1)は争う。

(2)のうち、原告主張の規定八条二項がいずれも別紙目録(三)記載のとおり「……その事由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により」補償金の支給を行なう旨定めていることは認めるが、その余は争う。

(3)はホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除したとの点を除き認める。

(4)は争う。

2について

(被告ら全員)

昭和三六年七月二〇日から改訂施行された細則一五条には原告主張のような返戻規定が設けられたことは認めるが、その余は争う。

(被告宮川)

なお、右返戻規定は、それが設けられる前にすでに支給された補償金については適用がない。

3について

計算関係は認める。

4について

計算関係は認める。

(四)  請求の原因(四)について

争う。

三  被告らの主張((一)は全被告共通。(二)は被告浅井および同山本のみ。(三)、(四)は被告宮川を除くその余の被告ら。)

(一)  労働組合が特定の組合員に対して争議行為を指令し、右組合員が右指令に従つて争議行為を行なつた結果、昇給延伸等の不利益をうけた場合、その不利益は組合員全員においてこれを平等公平に分担させなければならないから、組合がこの組合員平等の原則に反するような規定を設けたとしてもその規定は無効であり、しかも当該労働組合がその組合員の脱退を防止することを目的としてそのような不平等取扱いの規定を設けるようなときは不公正な方法で結社の自由を害することを目的とするものとなるから、この意味でも無効であるといわなければならない。そうであるとすれば、原告が、補償金の支給をうけた組合員が組合を脱退し、もしくは除名された場合に補償金を返戻すべき旨の規定を設けても、このような規定は組合員平等の原則に反するとともに、不公正な方法により結社の自由を害するものとして無効である。

(二)  また、原告の規約に基づく犠牲者救済制度は、一種の保険制度であつて、組合員は犠牲者救済規定所定の損失を蒙つた場合に、その補償をうけるため保険料たる掛金を原告に払いこみ、保険事故(昇給延伸等)が発生した場合に損失補償金をうけこれを最終的に取得する仕組になつているのである。

したがつて、被保険者たる組合員は右のような内容の保険契約上の権利を有するというべきであるが、そうである以上、被保険者たる組合員の同意なくして細則に返戻規定を設けてもその規定は無効である。

(三)  原告は、被告らに対して昭和四〇年法律第六九号による改正前の国家公務員法九八条五項、公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)一七条違反の争議行為を行なわしめてきたが、本件補償金は、右違法な争議行為の結果として招来さるべき懲戒処分等により被告らが蒙るべき損失を補償し、右違法な争議行為をはげまそうとして給付されたものであるから、被告らに対してなされた各給付は不法原因給付といわなければならない。

したがつて、原告が被告らに対して補償金の返戻を求めることは許されない。

(四)  かりに、以上の主張がいれられないとしても、原告は、組合員が公労法一七条に違反して争議行為を行なえば当然処分をうけることを知りながら、あえて機関指令により被告らをして争議行為(一斉定時退庁戦術、休暇戦術、時間内職場大会戦術等)を行なわしめ、その結果別紙目録(五)記載の被告らに同処分内容欄記載の処分を受けるに至らしめ、その結果昇給延伸の不利益をうけさせ、よつて同目録の損失額合計欄記載のとおりの損害を蒙らせた。したがつて、被告らは、原告に対し、右損害の賠償請求権を取得した。そこで、被告らは、原告に対し、昭和四三年一二月三日の本件準備手続期日において陳述された同年一〇月二二日付準備書面で、被告らの原告に対する右損害賠償請求権を自働債権として原告の補償金返戻請求権と対当額をもつて相殺する旨の意思表示をした。

四  被告らの右主張(三の(一)ないし(四))に対する原告の認否反論

(一)について

争う。

組合が補償金の給付をするのは、慈善事業としてではなく、あくまでも労働組合としての団結を擁護するためであるから、組合を裏切つて脱退し、もしくは除名された者にまで補償をすることなどははじめから予想していないのである。

規定八条二号に「組合員としての資格を有する間」補償を行なうと明瞭にうたわれていることは、前に述べたとおりである。

また、返戻規定は、何ら脱退の自由自体を制限するものではなく―事実被告らは本件補償金の返戻をすることなく脱退している―、脱退による事実上の不利益(例えばユニオンシヨツプ制のように法自体が認めているものもある。)にすぎないので、何ら問題とはならない。

(二)について

争う。

原告の犠牲者救済制度は、団結擁護のための相互扶助制度であつて保険とは似ても似つかないものである。また、保険ないし保険類似の関係だとすると何故返戻義務は生じないのであろうか。返戻義務の有無はどこまでも本件規定、細則によつて判断さるべきである。

(三)について

争う。

原告の本訴請求は、前記のとおり、規定・細則に基づくもので不当利得に基づくものではないから、不法原因給付ということはそもそも問題とならないばかりか、原告の犠牲者救済制度は、前にも述べたとおり、不法な目的をもつて設けられているものではなく、労働組合の団結擁護の一方策として設けられたものであり、本件補償金の給付も労働組合としての原告の団結を擁護するためになされたのであるから、不法原因給付とはいえない。

(四)について

争う。

被告らが当局からうけた処分の理由となつた被告らの争議行為がすべて原告の組合指令に基づくものでありまたその範囲にとどまるとしても、右組合活動は自らの自由意思によつて選出した代表者によつて構成される組合の機関が決定したものである以上、被告ら自らが決定したことに他ならず、被告らが第三者としてその権利を侵害されたなどというのは見当違いも甚だしい。不法行為の要件をいちいち斟酌するまでもなく主張自体失当というべきである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  補償金返戻請求権の成否

(一)  当事者

請求の原因(一)は当事者間に争いがない。

(二)  被告らの昇給延伸と補償金の支給

請求の原因(二)も当事者間に争いがない。

(三)  補償の範囲と方法およびその返戻義務

1  労働組合の組合員が組合活動により損失を蒙つた場合、その組合員は組合もしくは他の組合員に補償を求める権利を当然に有するわけではないから、損失を蒙つた組合員に対して損失を補償するかどうか、またどの程度の範囲および方法で補償するかは、労働組合のおかれた歴史的状況ないし財政力等の諸条件に依存する当該労働組合の自主的決定に委ねられているといわなければならない。

2  本件の場合、原告の被告らに対する補償金の支給は規約五八条をうけた規定および細則に基づくものであることはすでにみたとおりであるから、原告の組合員に対する補償の範囲および方法は右規約、規定、細則の規定によつて定まるというべきである。

3  そこで、別紙目録(三)記載のとおりであることについては当事者間に争いがない原告の規定をみると、昭和三六年七月二〇日改訂前の八条二号には「昇給延伸の補償についてはその事由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により補償を行う。」と定められ、昭和三六年七月二〇日改訂から昭和三九年一〇月三一日改訂までの規定八条二号には「昇給延伸の立替金についてはその事由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により支給を行う。」と定められていて、いずれも補償または立替金支給を「組合員としての資格を有する間」行なうとされているのである(右改訂前の規定では補償といい、改訂後の規定では立替金といい、表現は異なるけれども法的性質に差異があるとは認められない)。したがつて、組合員としての資格を失つたときは、犠牲者救援を行なわない趣旨であると右規定を解釈するのが相当である。

この解釈の裏付けとして、原告の規約五八条に基づく原告の犠牲者救済制度は、組合員が組合活動により損失を蒙つた場合にその損失を組合員全体の資力によりできるだけ補填し、原告の労働組合としての団結の維持、強化をはかるためのものであること(このことは別紙目録(三)の原告の規約、規定および細則の諸規定、成立に争いのない乙第一号証ならびに弁論の全趣旨に照らし明らかである。)を挙げられる。そうすると、細則一五条が損失補填の方法として、損失が現実化した時点でその都度補償する方法を採用すれば、原告はその者が原告の組合員としてとどまつている間その都度補償すれば足りることになるし、また将来の一定期間に発生すべき損失分をも一括前渡して支給する方法を採用すれば、その者が原告の組合員たる資格を失えば資格喪失後の相当分はこれを原告に返戻しなければならないことになることは原告主張のとおりである。

4  ところで、請求の原因(三)―(3)についてはホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除したとの点を除き当事者間に争いがない。

5  そうすると、一括前渡しの方法で原告から補償をうけた被告らは、原告の組合員たる資格を失つたとき、補償金中組合員資格喪失後の分の返戻義務を負うことになる筋合である。

(四)  返戻規定の新設とその性質

1  当事者間に争いがない別紙目録(三)記載の細則によれば、昭和三六年七月二〇日細則が改訂され一五条に、補償金の支給をうけた者が原告を脱退し、または除名される等の場合は一定の割合による金額を返戻しなければならないこと、返戻の割合は計算基礎となつた支給年数から組合在籍年数または支給事由が消滅するまでの分(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数による比率として六カ月未満は切りすてること等があらたに規定されるに至つたのである。

2  右規定は、一括前渡しの方法により支給された補償金中、(三)3に述べたように当然に発生すべき組合員資格喪失後の損失補償分の返戻義務を定めている点では確認的性質をもつ規定であるといつて差支えないであろう。

しかしながら、他面、右規定は、返戻割合の算出方法を定めているところ、右算出方法には、一括前渡しの方法による補償金の支給がホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除してなされる(このことは弁論の全趣旨により明らかである。)点が考慮されていないことにより、細則一五条によつて算出される組合員資格喪失後の損失補償相当分の金額と返戻すべき額とは一致しないこととなるから、この点で右規定が原告と組合員との間の法律関係を形成する性質をも有することは否定できない。

(五)  右返戻規定の被告らに対する適用

別紙目録(三)の原告の規約、規定および細則の各定めならびに補償金の前示のような性格に鑑みると、組合員の原告に対する補償金債権は、昇給延伸等補償事由が生じたときに、その組合員が補償金を受給した後において組合を脱退する等組合員資格を喪失した場合はこれを右補償事由発生時における右規約等の定めるところにより返戻すべき旨の負担付のものとして成立すると解するのが相当である。

1  ところで、前記のとおり被告三品、同及川、同宮本に対し支給された補償金および被告佐藤、同浅井に対し各二回目に支給された補償金の各補償事由発生時期ならびに被告宮川を除く被告らが原告を脱退して組合員資格を喪失した時期はいずれも右細則一五条が改訂施行された昭和三六年七月二〇日以後であるから、原告は被告三品、同及川、同宮本に対する補償金について、また被告佐藤、同浅井に対し各二回目に支給した補償金について、右改訂された細則一五条により算出された返戻割合により計算した金額の返戻請求権を取得したことは明らかである。

2  (1) しかしながら、被告佐藤、同浅井に対し各一回目に支給された補償金および被告山本、同宮川に対し支給された各補償金の補償事由発生時期はいずれも右昭和三六年七月二〇日前であるから、これらの被告は前示のように返戻義務を負うとはいえ、その程度が果して右改訂された細則一五条により算出した返戻割合により計算した金額によるかどうかは問題である。

(i) まず、被告佐藤、同浅井に対し各一回目に支給された補償金および被告山本に対し支給された補償金について考えるのに、右細則改訂の時点では被告佐藤、同浅井、同山本はなお原告の組合員でありその規約等の適用を受ける立場にあつたとはいえ、特段の経過規定の存在について主張立証がない以上、これらの補償金については改訂された細則の返戻規定(前述したように形成的な面があり、細則一五条により返戻すべき額は組合員資格喪失後の損失補償相当分の金額と一致しない。)の適用があるとみることには無理があり、これらの分については、支給をうけた補償金の総額から、組合員資格喪失時までの損失補償相当額(昇給延伸等補償事由発生の時から組合員資格喪失時までの期間を基礎とし支給の方法と同様の方法で算出する。)を控除した額に年五分の利息を附して返戻すれば足りると解するのが相当である。(なお、被告佐藤は、一回目、二回目とも前記細則改訂後に補償金の支給を受けているが、一回目に支給を受けた分の補償事由発生の時期は右細則改訂前であるから、右浅井、山本の場合と区別すべき理由がない。)

(ii) また、被告宮川が原告を除名されたのは昭和三六年七月一七日であることは当事者間に争いがないから、同被告は右細則の改訂施行された同年七月二〇日当時にはすでに原告の組合員ではなかつたことになる。そうすると、同被告には、経過規定の存否を問題にするまでもなく、改訂された細則を適用する余地がない。

被告宮川には、被告佐藤、同浅井に対し各一回目に支給された補償金および被告山本に対し支給された補償金中、返戻すべき分について述べたと同様の方法で算出した額を返戻する義務があるに過ぎない。

(2) しかるに、被告佐藤、同浅井に対し各一回目に支給された補償金中右被告らのそれぞれ返戻すべき分および被告山本、同宮川の返戻すべき分の各金額を算出するに足りる資料はない。

(六)  結論

そうすると、被告三品、同及川、同宮本に支給した補償金および被告佐藤、同浅井に対し各二回目に支給した補償金中、改訂された細則に従い返戻すべき金額を計算するに当りよるべき数値が請求の原因(三)3のとおりであることは当事者間に争いがなく、請求の原因(三)4の計算関係も当事者間に争いがないから、被告三品、同及川、同宮本に対しては別紙目録(一)請求額欄記載の額の原告の補償金返戻請求権の成立が認められ、また被告佐藤、同浅井に対しても各二回目に支給した補償金中それぞれ一三、四三八円(一六、六〇〇円×17/21。円未満切捨て)、一一、五二〇円(一一、八五〇円×35/36。円未満切捨て)の、原告の各補償金返戻請求権の成立が認められるが、被告佐藤、同浅井に対し各一回目に支給された補償金および被告山本、同宮川に対して支給された補償金については、そのうちいくらにつき返戻請求権が成立したか立証がないというほかはない。

二  被告らの主張について

(一)  組合員平等の原則、結社の自由侵害の主張について

1  被告らは、被告らに補償金返戻債務を負わしめるような規定は組合員平等の原則に反し無効であるという。しかしながら、細則一五条は組合員の資格を有する間の分についての、すなわち組合員間の不平等取扱いを規定したものではなく、組合員と組合員資格を失つた者との間の取扱いの差異を規定したものであるから、組合員平等の原則に反するということはない。なお、組合員の資格を失えば、補償金に充てられる資金のきよ出義務をも免れることになることは当事者間に争いがない別紙目録(三)記載の規定一六条、一七条および弁論の全趣旨により明らかであるから、なおさらそこに平等に反する点があるとはいえない。

2  また、組合から脱退等をした組合員に支給をうけた補償金を返戻させることが補償金の支給をうけた組合員に対し組合からの脱退を事実上抑制する作用を営むことになることは、見易い道理であるが、右細則一五条の規定は脱退自体を禁じているわけではなく、脱退者が昇給延伸等により脱退時以降において現実に蒙る損失を償うために支給された補償という、脱退した以上本来保有できない利益の返戻を求めるものにすぎず、また犠牲者救済制度は、前に述べたとおりもともと原告の団結の維持強化をはかるためのものであるところ、現行法上ユニオンショップ協定が認められていることからしても、組合の団結の維持強化のため右に述べた程度の脱退等の事実上の抑制は法の認めているところと解すべきである。したがつて、細則一五条の返戻規定が結社の自由を侵すものとして無効であるという被告らの主張は採用できない。

(二)  同意の欠缺の主張について

被告浅井らは、本件犠牲者救済制度は一種の保険契約であり、被保険者たる組合員の同意なくして細則に返戻規定を設けてもその規定は無効であると主張する。

しかしながら、労働組合の組合員が組合活動によつて損失を蒙つた場合、その者に対し組合に補償を求める権利を賦与することも賦与した後これをはく奪することも組合の機関決定によつてなしうることは一(三)1、2に述べたところから明らかであつて、個々の組合員の同意を要すると考えるべきではない。

本件犠牲者救済制度における組合員の原告に対する地位は、対等当事者間の保険契約上の地位とは異なり、原告の機関決定によつて定立される規約、規定、細則の内容によつて定まるのである。

そして、本件細則改訂が原告の機関決定によつてなされたことは前記乙第一号証ならびに弁論の全趣旨により明らかである。

したがつて、組合員の個別的同意がないから細則の返戻規定は無効であるという被告浅井らの主張は採用できない。

(三)  不法原因給付であるという主張について

不法原因給付の要件の一つたる不法の原因とは公序良俗ないし社会の倫理観念に反することを意味し、国家の政策的禁止規定に反することまでを意味しないと解されるところ、公労法一七条の規定は、公共企業体等の職員の争議権の行使に対しその職務の公共性に対応して制限を加えた政策的規定であるから、特段の事情のない限り、これに違反する争議行為を公序良俗に反するとか社会の倫理観念に反するとか言うことは困難である。

したがつて、かりに前記犠牲者救済制度に基づく本件補償金の支給が公労法一七条違反の行為をはげます結果を招来しても、右補償金の支給が不法原因給付となるとはいえないから、被告らの主張は採用できない。

(四)  損害賠償請求権との相殺の主張について

被告らが昇給延伸の理由となつた争議行為をしたのはすべて原告の指令の範囲内のことであつたとしても、被告らに意思決定の自由がなかつたという主張も立証もない以上、被告らは争議行為加担を強制されたとはいえないから、原告の指令と損害との間に相当因果関係を欠き、その余の点について判断するまでもなく被告らの主張は失当である。

三  遅延損害金

そうすると、原告に対し、被告三品、同及川、同宮本は、それぞれ別紙目録(一)請求額欄記載のとおりの額の、被告佐藤は一三、四三八円の、同浅井は一一、五二〇円の、各補償金返戻債務を負うことになるところ、細則その他に補償金返戻債務の履行期について定めた規定はないから、その履行期は請求の時と解するのが相当である。

本件の場合、原告が、本訴提起前右被告らに対し請求をしたと認めるに足りる証拠はないから、右被告らは、右被告らに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな主文記載の各年月日よりはじめて遅滞の責を負い、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがつて、原告の遅延損害金請求中その余の部分は理由がない。

四  むすび

よつて、原告の被告山本、同宮川を除くその余の被告らに対する各請求は主文掲記の限度でこれを認容してその余を失当として棄却し、被告山本、同宮川に対する各請求はこれを全部失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言を付することは相当でないと考えるのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

(別紙)

目録(一)、(二)省略

目録(三) 規約規定および細則抜萃

(A) 規約

(目的)

第三条 組合は組合員の団結と相互扶助の組織とによつて左の事項を実現することを目的とする。

一 組合員の労働条件の維持改善

二 組合員の協同福利の増進

三 組合員の社会的地位の向上

四 郵政事業の民主化

五 民主的労働戦線の統一

六 世界の民主的労働者と協力して世界平和の確立

(犠牲者救済)

第五八条 組合は、犠牲者救済にあてるため全国大会できめる金額を積立てる。

2 犠牲者救済の適用は別にきめる。

(B) 規定

(目的)

第一条 この規定は、全逓信労働組合規約第五八条に基いて定める。

(救済の対象)

第二条 組合員が組合機関の決定に基いて組合活動遂行中、救済しなければならない事態の発生した場合は、次の種別により救済を行う。

一 死亡

二 負傷

三 疾病

四 解雇又は免職

五 解雇又は免職以外の行政処分

六 刑事事件

七 訴願及び民事事件

八 その他特に必要と認めるもの

(解雇又は免職以外の行政処分)

第八条 第二条第五号に該当するものに対して次の救済を行う。

一 停職減給されたものはその俸給及び諸手当より減給された相当額をその期間支給する。

二 昇給延伸の補償についてはその事由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により補償を行う。

〈但し昭和三六年七月二〇日改訂(同日施行、以下36年改訂という)後昭和三九年一〇月三一日改訂(同日施行、以下39年改訂という)までの間施行のものは後掲〉

(資金)

第一六条 この特別会計の資金は月額六〇円を徴収する。

納入については組合規約第四二条第二号に準拠する。

(臨時資金)

第一七条 前条の外特に必要ある場合は、決議機関の決定を経て臨時資金を徴収する。

(C) 規定―36年改訂から39年改訂までのもの

(解雇又は免職以外の行政処分)

第八条 第二条第五号に該当するものに対して次の救済をする。

一 (前に同じ)

二 昇給延伸の立替金についてはその事由発生の月より組合員としての資格を有する間、細則第一五条の方法により支給を行う。

(D) 規定―昭和四〇年八月二八日改訂(同日施行、以下40年改訂という)によるもの

(昇給延伸の救済)

第四七条 負傷、疾病、行政処分、刑事事件により救済の適用をうけたものが定期昇給の延伸となつた場合は、次の各号により救済を行う。

但し負傷の四級、五級および疾病の四級については適用しない。

一 昇給延伸が発生した昇給期を基準として、以後毎年その該当期分をそのものが組合員である期間補償する。

但し給与改訂その他の理由により昇給延伸の事実が消滅した場合にはそのときから支給を打切る。

二 退職した場合、退職手当、退職一時金、退職年金に昇給延伸が影響した場合はこれを補償する。

三、四 〈省略〉

(昇給延伸補償の計算および支給時期)

第四八条 前条の適用をうけるものの本給昇給間差額に暫定勤務地手当の間差額を加えた額に、昇給延伸月数を掛けて得た金額にその額の百分の五を加えた額を延伸された定期昇給期に支給する。

但し延伸期数が二期以上ある場合はその期数分をまとめて支給する。

2 夏期手当、年末手当、年度末手当の支期日が該当する昇給期を延伸されたものには、その年度に支給された夫々の手当の支給率を昇給間差額に乗じて得た額をその都度支給する。

3 (略)

(支給停止)

第五二条 第四七条の適用を受けているものが脱退(退職、死亡を除く)又は除名された場合は第四七条乃至第五一条は適用を停止する。

〈注 本改訂により細則は廃止されてその内容は規定中に移され、また返戻制度は廃された〉

(E) 細則―昭和三五年七月一三日改訂(同日施行、以下35年改訂という)前のもの

(昇給延伸の補償算出方法)

第一五条 規定第五条、第六条、第八条、第九条に基く昇給延伸補償については、次の計算方法により算出した額を一時金とする。

(イ) 昇給延伸の場合は普通の昇給経過期間で昇給したものとして計算した五年後の昇給額差額に昇給間差相当額に対応する暫定勤務地手当を加えて更に昇給延伸月数を乗じたものを基礎額とする。但し基礎額は五年毎に更新するものとする。

(ロ) 前項の基礎額に昇給延伸期数二期毎に五年後の昇給間差額の二カ月分を加えたものを延伸された月を支給月として、五カ年間を一期として毎期毎に五倍した額を一時金とする。

(ハ) 更に寒冷地手当を受ける組合員については、昇給差額にその割合を乗じて得た額を前項に準じて一時金に加える。

(F) 細則―35年改訂によるもの

(昇給延伸の補償算出方法)

第一五条 規定第五条、第六条、第八条、第九条に基く昇給延伸補償については別表(一)、(二)(省略)によつて算出した額を一時金として補償する。

(註) 1 年令は補償金支給期該当月の年令とする。

2 年数は六十才に至る迄の年数である。

3 間差額は別表(二)により求めた額とする。

(二)、(三)、(四) (省略)

(五) 寒冷地手当、隔遠地手当を受けるものについては、毎年その該当した場合の減額された相当額を支給する。

(G) 細則―昭和三六年七月二〇日改訂(同日施行、以下36年改訂という)によるもの

(昇給延伸一時立替金の算出方法)

第一五条 規定第五条、第六条、第八条、第九条に基く昇給延伸支給については別表(一)、(二)(省略)によつて算出した額を一時金として支給する。

(註) 1、2、3とも前に同じ

(二)、(三)、(四) (省略)

(五) 前に同じ

(六) 前各号により支給を受けたものが次に該当した場合は、その割合に応じた金額を返戻しなければならない。

(イ) 脱退(退職、死亡を除く)

(ロ) 除名

(ハ) 特別組合員(規約別表第一の特別組合員表〈2〉該当のもの)

(ニ) その他一時立替金を支給する理由が消滅したとき

(ホ) 返戻の割合は、計算基礎となつた支給年数から組合在籍年数又は支給理由が消滅するまでの分(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数による比率とし六カ月未満は切すてる。但し特別組合員は外部団体の役職員となつたときとする。

(H) 細則―昭和三九年一〇月三一日改訂(同日施行、以下39年改訂という)

(昇給延伸一時立替金の算出方法)

第一五条 規定第五条、第六条、第八条、第九条に基く昇給延伸補償については別表(一)、(二)(省略)によつて算出した額を一時金として補償する。

(註) 1、2、3とも前に同じ

(二)、(三)、(四) (省略)

(五) (G)の第一五条(六)に同じ

目録(四)、(五)省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例